
|
|
|
|
|
|
|
|||
|
|
| 所在地 | 神奈川県小田原市城内他 |
| 交通機関 | JR東海道新幹線 小田原駅下車 徒歩10分 | 別 名 | 小峯城・小早川城 |
| 略 歴 |
天正18(1590)年、豊臣秀吉の小田原の陣により、北条氏が改易になると、替わって徳川家康が北条氏の旧領関八州に入った。 家康は秀吉の進言もあり、北条氏の本城小田原ではな江戸城を修築し領国の中心とした。 一方、小田原城には西への備えとして、大久保忠世が4万5千石で入城した。大久保氏は、北条氏の小田原城の一部を整備し石垣造りの近世城郭へと改築した。 大久保氏2代忠隣は、慶長19(1614)年、大久保長安事件に連座し改易となり、小田原城は幕府直轄になると共に破却された。 元和5(1628)年、上総大多喜城から阿部正次が5万石で入城して城を再建した。 元和9(1632)年、正次は武蔵岩槻城に転封となり、小田原城は幕府直轄となった。 寛永9(1632)年、下野真岡城から稲葉正勝が8万5千石で入封した。 稲葉氏は3代に渡って小田原を治め、正往の時、貞享2(1685)年に越後高田城へ転封となった。 翌貞享3(1686)年、下総佐倉城から大久保忠朝が、10万3千石で先祖の地に入封した。 その後大久保氏は10代に渡って小田原を治め、10代忠良の時に明治維新を迎えた。 |
| 現 況 |
現在、城址は小田原城址公園として、本丸・二之丸・馬屋曲輪などの曲輪跡がよく残っている。 関東大震災の際には多くの石垣が崩壊し、現在でも本丸周辺には崩壊した石垣が見られる。 本丸跡には天守・常盤木門が再建されており、また二之丸平櫓が再建されている。 近年、二之丸に銅門が再建された。 |
| 三之丸 | |||||
![]() 大手門跡 |
![]() 元蔵碑 |
![]() 三之丸土塁 |
![]() 箱根口門 桝形跡 |
![]() 箱根口門 櫓台 |
|
![]() 幸田口門跡 |
![]() 三之丸土塁 |
![]() 三之丸櫓台 |
| 二之丸 | ||
![]() 銅門一之門 |
![]() 銅門二之門 |
![]() 二之丸石垣 と水濠 |
![]() 二之丸平櫓 |
![]() 二之丸隅櫓 櫓台 |
![]() 羊橋跡 |
![]() 裏門跡 |
![]() 二之丸石垣 と平櫓 |
![]() 二之丸石垣 と櫓台跡 |
| 茶壷曲輪・馬屋曲輪・弁財天曲輪 | ||||
| 茶壷曲輪 | ![]() 小峯橋 |
![]() 茶壷曲輪土塁 と銅門 |
![]() 茶壷曲輪土塁 |
| 馬屋曲輪 | ![]() 馬屋曲輪石垣 と水濠 |
![]() 馬屋曲輪石垣 と馬出門跡 |
![]() 馬出門虎口跡 |
![]() 馬屋曲輪 |
| 弁財天曲輪 | ![]() 弁財天曲輪跡 |
![]() 弁財天跡碑 |
![]() 主郭へ |
|
|