帝國博物学協会
相模國
石垣山一夜城
 所在地 神奈川県小田原市早川
 交通機関 JR東海道本線 早川口駅下車 徒歩40分
 別  名 笠懸山城
 略  歴 天正18年(1590)、豊臣秀吉の小田原征伐が開始された。秀吉は当初、箱根早雲寺に本陣を置いたが、北条氏の小田原城が堅城であることから長期戦を覚悟し、笠懸山に城を築き長期戦に備えた。これが、石垣山一夜城である。
一夜城のいわれは、小田原城側前面の木の伐採を行わずに城を築き、完成すると一夜にして前面の木を伐採し、あたかも一夜にして城ができたかのような心理的打撃を小田原勢に与えたと伝わっているいうことによる。
秀吉は、城が完成すると、北政所を介して淀殿をこの城に呼び寄せ90日余りを石垣山城ですごしている。
その間に、奥州伊達政宗との対面・北条氏なきあとの関八州を家康領にするなどの仕置きを行っている。
北条氏滅亡後もしばらくの間、豊臣政権の関東目付けの城として存在したようであるが、秀吉の目が朝鮮半島に移ると、役目を終え廃城となった。
 現  況 現在、城址は石垣山一夜城址公園として、本丸・二之丸・南曲輪などの曲輪跡がよく残っている。
関東最初の総石垣の城である一夜城址には、石垣がよく残されている。多くは崩壊しているものの、現在でも西曲輪下や、本丸二之丸側の石垣がよく残っている。
また、井戸曲輪は俗にさざえの井戸と言われる、石垣が螺旋状に積み上げられた井戸で、見るものを圧倒する。

大手口城址碑

大手登城口

南曲輪石垣

西曲輪下石垣

大堀切跡

出城跡土塁

南曲輪石垣

東中段曲輪跡

東中段曲輪の
二之丸石垣

大手口虎口

大手門跡

南曲輪跡

南曲輪の
二之丸石垣

本丸石垣

西曲輪との
仕切門跡

西曲輪跡

西曲輪櫓台

大手登城口
南曲輪俯瞰

二之丸
仕切土塁

本丸石垣

本丸石垣

二之丸(馬屋曲輪)
櫓台跡

井戸曲輪跡
螺旋石垣

井戸曲輪跡

井戸曲輪跡石垣

北口門跡

三之丸(北曲輪)跡

三之丸(北曲輪)跡

北張出平場
石垣

本丸へ
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